rieririについて

幼少期は未熟児で生まれたこともあり、体が弱く、喜んで登校しても体調変化で帰らされることも多く、ぼんやりと受け身な性格で、両親の不和や辛いことも多かったのに、周りの出来事がまるで映画でも観ているように感じられて、常に自分だけの世界の中で暮らしていたように思います。

学校時代はみんなが仲良く居られることを最も意識して過ごしていました。毎日小さなしあわせを見つけるのが上手だったし、実際に毎日小さなラッキーに恵まれていました。その度に「神さまありがとうございます」と。祖父と曽祖父が神主だったことも影響しているかもしれません。

とても努力家でもありました。常に自分にフォーカスしていたので、出来ないことを出来るようになるための努力をコツコツしていたと思います。

そしてある時、小さな願い事が叶うだけでなく、苦難に陥った友人や知人のために願うことが叶ったり、神さまの声が聞こえるようになったりしました。その神さまは尋ねると何でも教えてくれました。その神さまはおっしゃいました。「人々が自分の幸せのために日々努力して幸せになることを最も望んでいる」と。

そして、「あなたにはその力があるから人を救いなさい」と言われました。2007年くらいでしょうか。「私はアーティストだからいやです」と言って、お断りしました。が、その直後から次々と目の前にそれを必要とする人々が現れました。アーティストとしても、エネルギーの作品を多く描くようになりました。

今年2020年3月、昨年余命半年と宣告され、数々の奇跡を起こしながら一緒に闘病してきた弟が、急激に悪くなり、一日一日命と向き合っていた時、元気だった母が突然亡くなりました。まるで、息子の死を見たくないと、焦ってさっさと逝ってしまったようでした。残された私は、悲しみに向き合うことができず、それから一か月の間に弟は、最後の願いをすべて叶え、旅立ちました。そこが私の限界でした。心身ともにエネルギーが枯渇し、母を亡くした悲しみと喪失感がそこから始まり、打ちのめされました。3か月以上寝たり起きたりしていました。

しかし、倒れてはいられませんでした。コロナ禍の中でもあり、大勢の方が知らぬ間にうつ状態になってしまっていること。何とかして立ち直らなければ。そこから立ち直るための努力や実験を始めました。

その時初めて神さまの言葉に「Yes」と言えたのです。そして、その瞬間、導かれるように、Kaoruさんに引き寄せられました。

必然でした。脳科学との出会いは不思議な力の解明にも繋がり、子供の時からずっと抽象度の高いところで遊んでいた自分や、「rieririさんは常にチャネリング状態にある」というKaoruさんの言葉や、その能力の高さを直ぐにわかってくださったこと、これまでは、隠したい気持ちがあったり、その能力ゆえに苦労もありましたのに、自分を認める気持ちがわいてきました。その反面、自分では幸せだと思い込んでいた隙間で帰属エラーを起こし本当は心の傷になっていた事実や、多くの辛いことと向き合うことになりました。そして、それが全て解消された時、何も恐れない自分、ありのままの自分がいました。それからは、Kaoru先生が次々と新しい世界に連れて行って下さり、不思議なこともご一緒に沢山体験し、私のアートもチャネリングもヒーリングも全て私自身だということに気づかせてくださいました。

そして何と、このハードな勉強の間、私を必要として下さる多くの人々と繋がり、エネルギーワークをさせて頂きました。

その成果もしっかり見せて頂いて、自信を持ってSalonをオープン致します。皆さま、どうぞよろしくお願いいたします。    Rieriri

岡 林 里 依


Infinity Pranaが、東京・代々木上原の「Fireking Cafe」にて、世界に向けて発信。(2021年1月18日~2月7日)
皆さま、それぞれの場所で受け取って頂けたら幸いに存じます。